現在36歳。
気づけば、人生の半分を一人で暮らしている。
そして最近思う。「俺、もう他人と暮らせる気がしない。」
一人が寂しいどころか、一人でいることが完全に普通になってしまった。
今回は、18年間一人暮らしを続けた俺が感じる「一人暮らしが長すぎる問題」について書いてみる。
18歳から一人暮らし。気づけば18年
18歳で一人暮らしを始めた。
そこから18年。
現在36歳。
改めて考えると、人生の半分が一人暮らしだ。
最初の頃は、一人で暮らすこと自体が新鮮だった。
何時に寝てもいい。何を食べてもいい。誰にも何も言われない。とにかく自由だった。
でも18年も続けていると、その自由すら特別ではなくなる。
一人で暮らすことが、完全に俺の標準設定になった。
家に帰って「誰もいない」が落ち着く

仕事が終わる。電車に乗る。家に帰る。玄関を開ける。
誰もいない。静か。……落ち着く。
仕事中は人と話す。電話もする。周りにも人がいる。それなりに気も使う。
だから家に帰ったら、もう誰にも気を使いたくない。
無言で飯を食う。スマホを見る。スト6をやる。
何もしない。全部自由。
この時間が何事にも代えがたい。
逆に「家に誰かいる」が想像できない
18年間一人で暮らしていると、誰かが家にいる生活が想像できない。
仕事から帰る。玄関を開ける。「おかえり」「ただいま」
ここまではいい。
でも、そのあとも人がいる。
飯を食うときも。テレビを見るときも。寝る前も。そして翌朝も。
……。
ずっと人がいる。
普通の共同生活なんだろうけど、18年間一人の俺には未知の世界だ。
一人暮らしは全部「俺基準」

一人暮らしで一番ラクなのは、自分のペースで生活できること。
腹が減った。飯を食う。
眠い。寝る。
風呂に入りたい。入る。
ゲームしたい。スト6をやる。
外へ出たくない。出ない。
一人ならこれで終わる。
でも誰かと暮らせば、当然相手の生活もある。
「今日何食べる?」「風呂どっちが先?」「休日どうする?」
一つひとつは大したことではない。
でも、18年間ほぼ全部自分で決めてきた俺には、かなり大きな変化に感じる。
休日も誰にも相談しなくていい
休日。朝起きる。
何もしたくない。だったら何もしない。昼までダラダラする。冷凍パスタを食う。スト6をやる。昼寝する。
誰にも、「今日どうする?」と聞かれない。
逆に突然、「ラーメン食いに行くか」と思ったら外へ出ればいい。
予定変更の報告もいらない。
思いついたらやる。面倒になったらやめる。
18年間これで生きてきた。そりゃ慣れる。
飯なんて「会議時間0分」

飯を食う時間も適当だ。
18時でもいい。21時でもいい。休日なら昼飯が14時になることもある。
食べたいものがなければ、冷凍パスタでいい。
「今日の夕飯どうする?」という会議もない。
冷凍庫を開ける。冷凍パスタ発見。電子レンジへ。食べる。
会議時間0分。
このスピード感が一人暮らしのいいところだ。
誰かと暮らしたら、毎日ちゃんと夕飯について話し合えるのだろうか。
たぶん無理。
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風呂もトイレも洗面所も全部俺専用
これも当たり前すぎて忘れている。
風呂に入りたい。入る。
トイレに行きたい。行く。
歯を磨きたい。磨く。
風呂の順番もない。
朝の洗面所も混雑しない。
18年間、家の設備が全部俺専用だった。
よく考えると結構ぜいたくだ。
誰かと暮らしたら、「風呂入る?」という会話から始めるのだろうか。
共同生活初心者すぎる。
エアコンの温度まで全部俺基準

夏。暑い。エアコンをつける。
冬。寒い。暖房をつける。
設定温度は俺基準。
テレビの音量。照明の明るさ。寝る時間。物を置く場所。
全部自分基準だ。
誰かと暮らすということは、こういう小さな違いを毎日すり合わせることなんだと思う。
大きな問題より、こういう細かいことの積み重ねのほうが大変なのかもしれない。
休日に何もしなくても誰にも見られない
休日。
昼近くに起きる。髪ボサボサ。部屋着。スマホを見る。YouTubeを見る。スト6をやる。冷凍パスタを食う。昼寝する。夕方。
何もしていない。
でも一人だから、誰にも、「今日ずっとゲームしてない?」とは言われない。
俺自身が、「今日何もしてねえな……」と思うだけだ。
ダラダラすることすら完全に自由。
怠惰からは目を背ける。
18年間一人でも、意外と寂しくない
「そんなに長く一人暮らしして寂しくない?」と思う人もいるかもしれない。
もちろん、寂しい瞬間がゼロではない。
休日に一日誰とも話さない。
気づけば夜。
「今日、店員以外と話してないな」なんて日もある。
でも、一人暮らし=寂しいという感覚はあまりない。
むしろ俺の場合、一人でいる時間が落ち着く。
30代になって友達と会う回数も減った。
それでも意外と困っていない。
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ただ、一人に慣れすぎるのは少し怖い

一人暮らしは快適だ。
でも、ときどき思う。
「俺、他人に合わせる能力が落ちてないか?」
生活音。テレビの音量。物の置き場所。寝る時間。エアコンの温度。食事の時間。
一つひとつは小さい。
でも毎日となれば話は違う。
18年間ほぼ自由に暮らしてきた人間が、突然誰かと暮らせるのか?自分でも分からない。
結婚したくないわけではない

別に、「絶対に結婚したくない」と思っているわけではない。
いい人がいれば、そういう人生もあると思う。
ただ、「誰かと毎日同じ家で暮らす」という生活のハードルが高い。
冷蔵庫に自分が買っていないものがある。洗面所に自分以外の物がある。玄関に自分以外の靴がある。そして家に帰ったら誰かいる。
普通のことなんだろうけど、18年間一人の俺には全部が新鮮すぎる。
もし誰かと暮らすなら「一人の時間」はほしい
もし今後、誰かと暮らすことになったら、一人になれる時間はほしい。
ずっと一緒。何をするにも一緒。休日も一緒。
これは多分きつい。
同じ家にいても、それぞれ好きなことをする。
俺はスト6。相手は相手の好きなことをする。
そんな距離感なら想像できる。
18年間一人暮らしをして分かったのは、人が嫌いなんじゃない。自分の時間が大事なんだ。
たぶん、これだと思う。
一人暮らし18年は悪いことばかりでもない

もちろん、一人暮らしが長いことにもメリットはある。
掃除。洗濯。金の管理。
生活に必要なことは基本的に自分でやる。
だから、「誰かに全部やってもらいたい」という感覚はない。
それに、自分が一人の時間を大切にしているからこそ、相手の一人の時間も尊重できると思う。
そう考えると、意外と共同生活できるのかもしれない。
まあ、相手によるし実際どうなるかは分からないけど。
まとめ:一人暮らしが快適すぎる
18歳から一人暮らし。
現在36歳。
人生の半分を一人で暮らしている。
好きな時間に飯を食う。好きな時間に風呂へ入る。疲れたら昼寝。
全部、自分のペース。
正直、めちゃくちゃラクだ。
だから最近、「俺、もう他人と暮らせる気がしない」と思う。
でも、本当に無理なのかは分からない。
ただ、一人で暮らすことが普通になりすぎた。
それだけなのかもしれない。
今日も仕事から帰る。
玄関を開ける。
誰もいない。
静か。
荷物を置く。
ソファに座る。
……。
やっぱり一人、落ち着くわ。