2021年5月、俺は30歳で2回目の転職をした。
前職の年収は約350万円。転職理由を聞かれたら、給料への不満はもちろんあった。ただ、転職を決めた一番の理由は、年収よりも「この会社では自分のやりたい仕事ができない」と感じたことだった。
人間関係が悪かったわけではない。出張も嫌いではなかった。それでも会社を辞めた理由と、応募約10社・内定3社だった転職活動を、5年以上たった今から振り返ってみる。
転職の決定打は、コンサルティング業務が認められなかったこと

前職でも現在と同じく営業職だった。
取引先の業務には、仮にA工程とB工程と呼べる二つの工程があったとする。
前職の会社と業務提携をすれば、A工程のコストは下げられる。しかし、B工程のコストを下げるには、取引先が別の業者とも提携する必要があった。
俺がやりたかったのは、A工程だけを受注することではない。AとBをまとめて整理し、必要な業者まで含めて提案するコンサルティング業務だった。
これができれば、取引先は全体のコストを下げられる。前職の会社にとっても、取引量・売上・利益の増加が見込める。自社サービスが合わない新規見込客に対しても、「今回は対象外です」で終わらず、別の提案ができると思った。
そこで、通常業務に加えて、このコンサルティング業務をさせてほしいと会社へ上申した。
返ってきたのは、次の回答だった。
会社にメリットがあるのは分かるが、今のところ+αをさせる予定はない。
提案の意味は理解してもらえた。それでも、取り組ませる予定はない。
会社には会社の事情があるし、社員が提案したことを何でも採用するわけにはいかない。それは分かる。ただ、この回答を聞いたとき、この会社に残っても、自分がやりたい仕事へ近づくのは難しいと思った。
前職はニッチな業種で、取引先の数は多くなかった。それでも自社サービスだけで十分に利益が出ていたため、「今のままでも大丈夫」と考える人が多かったのだと思う。
俺は新しい提案を増やしたかった。会社は、今あるサービスを安定して続けたかった。どちらが正しいというより、進みたい方向が違っていた。方向性の違い。バンドマンの解散理由第一位が、俺と会社で起こるとは思わなかった。
給料は我慢すれば働き続けられる。しかし、経験できない仕事は、その会社にいる限り経験できない。
年収350万円は不満だったが、それだけなら転職しなかったかもしれない

前職の年収は約350万円だった。
当時の手取りは月約22万円で、ボーナスはなかった。家賃を含む生活費を払うと、残るのは月4万円ほどだった。
昇給は業績次第。俺が在籍していた5年間で、昇給したのは2回だけだった。源泉徴収票を数年分並べてみても、金額に大きな差がない。
源泉徴収票だけは毎年新しくなるのに、書いてある年収はほぼ去年のまま。 紙の鮮度だけが上がっていた。
2020年の貯金は50万円以下。当時は「老後2,000万円問題」という言葉もよく聞き、このままの収入で将来に備えられるのかという不安もあった。
それでも、年収350万円だったことだけが転職理由ではない。福島県で働いていた当時は、極端に低い年収だとは感じていなかったし、生活ができないわけでもなかった。
給料への不満に、仕事の停滞感が重なったことで、転職を考えるようになった。
| 項目 | 転職前の状況 |
|---|---|
| 年収 | 約350万円 |
| 毎月の手取り | 約22万円 |
| ボーナス | なし |
| 生活費を引いた残額 | 月約4万円 |
| 昇給 | 在籍5年間で2回 |
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忙しいのに、自分で仕事を選べないことが不満だった

前職は出張が多く、年間100回を超える年もあった。月曜日に営業車で出発し、金曜日の夕方に帰ってくる。月に10~15泊はホテルに泊まっていた。
移動中は、学習系のYouTube動画を流し聞きしていた。知識は少し増えたかもしれないが、長距離移動とホテル生活で疲れは抜けにくかった。
ただ、俺は出張が嫌いではなかった。知らない土地へ行き、取引先と話すこと自体は苦ではない。
不満だったのは、忙しさよりも仕事の中身だった。
営業の仕事に加えて、行政対応や書類作成、他部署の応援をすることもあった。必要な仕事なら対応する。しかし、会社から頼まれる仕事は増えるのに、自分から提案した仕事には挑戦できない。
新しい見込客と打ち合わせをしても、自社サービスが合わないことがある。その時点で、俺が出せる次の提案はなくなった。移動時間も出張回数も多いのに、「わざわざ来たけど、今回は何もできません」で終わる。
取引先に別の選択肢を示したくても、会社から認められた提案材料がない。これでは仕事の達成感を得にくかった。
任される仕事は多い。でも、自分で選べる仕事は少ない。
この状態が続くと、仕事をこなす力は身についても、自分が伸ばしたい専門性は増えない気がした。
忙しいことそのものが嫌だったわけではない。忙しく働いた先に、自分が望む経験が残らないことが嫌だった。
もっと取引先の役に立ち、感謝される仕事がしたかった

俺は、仕事をするなら相手の役に立てる仕事がしたい。
営業なので、会社の売上を作ることは当然必要だ。ただ商品を売って終わるより、取引先が抱えている問題へもう一歩踏み込み、解決まで提案したかった。
転職先として探したのは、環境分野の仕事ができる会社だった。
現在は、省エネや再生可能エネルギー設備の提案、産業廃棄物のコンサルティングに携わっている。太陽光発電や蓄電池、二酸化炭素排出量の削減、工場から出る廃棄物の適正処分などを提案する仕事だ。
前職でやりたかった「通常業務より一歩踏み込んで、相手の課題を解決する仕事」に近い。
自社サービスが合わない場合でも、他社のサービスを代理店として提案できる。自社の商品を売れるかどうかだけで会話が終わらず、取引先に必要な選択肢を探せることに、営業としてのやりがいを感じている。
もちろん、現在の仕事が毎日きれいな理想どおりに進むわけではない。営業なので断られるし、面倒な調整もある。それでも、自分が必要だと思った提案に取り組める環境で働きたかった。
人間関係が悪くなかったから、辞める判断は簡単ではなかった

前職の人間関係は悪くなかった。
上司や同僚の顔を見るのも嫌、会社へ行こうとすると体調が悪くなる、という状態ではない。耐えられない職場ではなかったため、転職しなければ、そのまま働き続けられたと思う。
だからこそ、辞める判断は難しかった。
嫌いな会社なら、辞める理由は分かりやすい。しかし、悪くない会社を辞める場合は、「次の会社でもっとうまくいかなかったらどうする」と考えてしまう。
大きな不満がないことと、今の会社で働き続けたいことは同じではない。
人間関係に問題がなくても、やりたい仕事ができない。給料が上がらない。自分の成長を感じられない。その小さな引っかかりは、働き続けるほど大きくなっていった。
東京で、自分よりレベルの高い人と働いてみたかった

転職には、東京へ出てみたいという気持ちもあった。
俺は栃木県の田舎で育ち、大学と前職では福島県で暮らしていた。都会で生活した経験はなかった。
前職の営業中、東京の大手企業の営業マンと仕事をする機会があった。その人は俺より年下だったが、知識も話し方も、自分とは比べられないほどしっかりしていた。
年齢だけなら俺のほうが上。しかし、仕事の能力では完全に向こうが先を走っていた。
その経験から、自分よりレベルの高い人が多い環境へ出てみたいと思った。東京へ行けば自動的に成長できるわけではない。それでも、今までと違う場所で働かなければ、得られない経験があるはずだ。
期待がある一方で、初めての東京生活は怖かった。引っ越し費用を考えると、敷金・礼金のない賃貸を探す必要があった。
東京で新しい仕事に挑戦しようとしている男の貯金が50万円以下。志は高いが、残高は低かった。
しかも福島県に住みながら探していたため、部屋を現地で確認できない。田舎で使っていた乗用車を東京へ持っていくのか、売るのかも決めなければならなかった。
仕事を変えるだけではない。住む場所も、移動手段も、生活費も変わる。転職先が決まった安心感より、東京で本当に暮らせるのかという不安のほうが具体的だった。
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1月に転職サイトへ登録し、2月末には内定をもらった

会社から「+αをさせる予定はない」と言われた翌日、俺は転職サイトに登録した。
登録したのは2021年1月。その場で退職届を出したわけではない。まずは、自分がやりたい環境系の仕事がほかの会社にあるのかを探した。
会社へ提案した翌日には、別の会社の求人を見ている。行動だけを見ると、気持ちの切り替えが早すぎる。
ただ、会社の回答によって、自分が今後どこで働くかを考える材料がそろった。残るか、外へ出るか。求人を見なければ比較もできない。
転職活動中も、前職の仕事は続けていた。応募した会社は約10社。8社の書類選考を通過し、その8社すべてと面接をした。
| 転職活動 | 結果 |
| 転職サイト登録 | 2021年1月 |
| 応募 | 約10社 |
| 書類選考通過 | 8社 |
| 面接 | 8社 |
| 内定 | 3社 |
| 転職先決定 | 2021年2月末 |
| 入社 | 2021年5月のGW明け |
3社から内定をもらい、残る5社の選考結果を待つ前に転職先を決めた。登録から約2か月で転職先が決まったことになる。
転職サイトへ登録したからといって、必ず会社を辞める必要はない。俺の場合は、求人を見て面接を受けるなかで、自分の経験を必要としてくれる会社があると分かった。
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「数年後ならできる」と言われても、残る気持ちはなかった

2月末に内定をもらった後、最初に課長へ「4月末で退職します」と伝えた。
以前から雑談のなかでも「環境系の仕事をもっとやりたい」と話していたため、強く引き止められることはなかった。
その後、社長からは次のように言われた。
今は+αの仕事をさせられないけど、数年後にはできるように準備する。
ただ、その社長自身が会社にいるのは、あと1~2年の予定だった。「自分がいる間は残ってもらいたい」という意味にも聞こえた。
数年後に本当にできるようになるのか、そのとき誰が話を進めてくれるのかは分からない。すでに転職先が決まり、やりたい仕事ができる希望のほうが大きかったため、残る選択はしなかった。
同僚からは「いつでも戻ってきなよ」と言われた。取引先からは「次の会社に行っても付き合いを続けたいから、落ち着いたらまた来てよ」と言ってもらえた。
人間関係が悪くて逃げる転職ではなかった。その言葉はうれしかったが、退職を迷うことはなかった。
転職から5年以上たっても、一番良かったのは仕事を選べたこと

2021年に転職し、前職と同じ営業職のまま、仕事の分野を環境系へ変えた。
年収は転職翌年に約450万円となり、2025年には約550万円まで増えた。年収が上がったことは、転職して良かったと思う大きな理由である。
それでも、一番良かったのは給料ではない。
前職では認められなかった+αの提案に取り組み、自分で判断できる範囲が増えた。自社サービスが合わなくても、他社のサービスを代理店として提案できる。取引先に必要な提案を探せるため、営業としてのやりがいがある。
良くも悪くも、転職先の営業は属人化していた。どのように提案し、どこまで仕事を進めるかは自分次第。成功も失敗も自分に返ってくる。
仕事を取れば自分の仕事も増えるため、楽になったわけではない。むしろ残業は増えた。
ただ、やりたい仕事が増えて忙しくなることと、選べない仕事だけが増えることでは、感じ方が違う。
転職で変えたかったのは職種ではなく、営業として何を提案できるかだった。
今なら年収アップを提示されても、前職には残らない

今の俺が同じ状況に戻り、前職から年収を上げると言われても、残らないと思う。
不満だったのは、年収350万円という数字だけではない。取引先に必要だと思う提案があっても、会社の方針によって動けないことだった。給料が上がっても、仕事の停滞感は残る。
一方で、当時の会社がAB工程をまとめる+αの仕事を正式に認めていたら、もう一度考えていたかもしれない。それほど、転職の決定打は仕事内容だった。
転職するなら東京と思っていたが、条件が良ければ別の県を選んだ可能性もある。東京へ出ることは目的の一つだったものの、一番大切だったのは、やりたい仕事に挑戦できる環境だった。
30歳だった自分に伝えるなら、言葉は短い。
あのときの選択は間違っていなかった。
まとめ|給料以外の不満は、仕事の中身と裁量だった

前職の年収は約350万円で、在籍した5年間に昇給したのは2回だった。ボーナスもなく、将来への不安から給料を上げたいとは思っていた。
しかし、転職の決定打は給料だけではない。
- 取引先の役に立つ+αの仕事を提案しても、挑戦できなかった
- 任される仕事は増えても、自分で選べる仕事は少なかった
- 環境分野で、相手の課題へ深く関わる仕事がしたかった
- 東京で、自分よりレベルの高い人と働いてみたかった
人間関係が悪くない会社でも、仕事の中身や将来に引っかかりを感じることはある。
今の会社に残って得られるものと、残っても得られないものを分けて考える。 俺の場合、給料よりも「ここでは経験できない仕事がある」と気づいたことが、転職を決める理由になった。
すぐに退職する必要はない。俺も前職を続けたまま約10社へ応募し、転職先が決まってから退職を伝えた。求人を見るだけでも、自分が仕事に何を求めているのかは見えやすくなる。
俺は会社に提案を断られた翌日、転職サイトへ登録した。少し早かったかもしれない。それでも、あの日に求人を見なければ、今も同じ場所で「いつかやりたい」と言い続け、不満を持って仕事をしていたと思う。
俺の転職は間違っていなかった。